薬師寺 〜今なお魅了して止まない白鳳の荘美

法相宗の大本山である薬師寺は、680年に皇后(のちの持統天皇)の病気平癒を願う天武天皇によって藤原京に建立されました。

当時は南都七大寺の一つとして、その大伽藍は国内随一の荘美を誇り、なかでも裳階を施した金堂や塔のたたずまいの美しさは「龍宮造り」と呼ばれて、人々を魅了しました。

その後平城遷都に伴い、養老2年(718)に現在地に移されました。移転については、伽藍、仏像を全部そのまま移したという説と、寺院の名籍だけを移し、伽藍や仏像は新しく造立したという説があります。前説なら東塔や薬師三尊像などは白鳳時代の作となり、後説では天平初期の作となるため、美術史学界を二分する重大な問題であり、現在も論争が続いています。

金堂、講堂などを中心に、東塔と西塔の2つの三重塔を配する独特な構成は、薬師寺式伽藍配置と呼ばれています。この華麗な伽藍も数度の災害と1528年の兵火により、当時の姿を残すのは東塔のみです。金堂は1976年に、西塔は1981年に、中門は1984年に、1991年には回廊の一部は1991年に、そして2003年には大講堂も有縁の人々のお写経勧進によって復元され、法相宗の始祖玄奘三蔵を祀る玄奘三蔵院伽藍も完成し、今なお白鳳伽藍の復興を目指して再建が進められています。

平成10年(1998)12月に「古都奈良の文化財」として薬師寺がユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産リストに登録されました。また、薬師寺には薬師三尊像や東塔を始めとする多くの国宝や、弥勒菩薩坐像などの重要文化財、他、奈良県指定文化財、奈良市指定文化財などが多数保存されています


東塔〜「凍れる音楽」悠久の美

薬師寺の建造物の中で、唯一創建時代の姿を今に伝える東塔は、アメリカの美術研究家・フェノロサが「凍れる音楽」と賛美したほどの美しい姿の三重塔です。

一見六重の塔にも見えますが、それは各層にある裳階と言われる装飾の小さい屋根があるためです。
裳階とは、軒下に加えられた庇付きの部分のことで、裳階は外壁を風雨から保護する機能がありますが、それよりも外観デザインに大きな効果を与えています。本屋根と裳階の大小の屋根の繰り返す強弱のリズムが、外観に心地よい律動的な調和をもたらします。

塔の最上層の屋根の上の部分を相輪と言います。相輪は卒塔婆のことでその基部を伏鉢と言い、ここに仏舎利を納めています。お墓にさしかけた傘が九輪、その上に尊い塔が「火災にあわないように」との祈りが込められているのが水煙です。
水煙に透かし彫りされた二十四人の飛天は笛を奏で、花をまき、衣を翻し(ひるがえし)祈りを捧げる自由な姿で、晴れわたった大空に、神秘と美のシンボルとして天上はるかみ仏を讃えています。

東塔初重内には、お釈迦さまの生涯を八つの場面で表した釈迦八相[しゃかはっそう]のうち、前半の四相(因相)にあたる塑像群像を安置されていましたが、破損した為に室町時代に取り払われその後木造の仏壇を構えられました。

現在は、仏壇四方に江戸時代の四仏をお祀りし、四隅には平安時代の四天王像が安置されています。また、平成4年(1992)に大川逞一仏師による「釈迦苦行像」が奉安されました。

塔は本来お釈迦様のお墓を意味します。インドで梵語のストゥーパが音訳されて卒塔婆[そとうば]となり、それが塔婆、更には塔と表現されるようになりました。お釈迦様のご遺骨(仏舎利[ぶっしゃり])を埋葬して盛り土をしたものが原型です。その塔婆を遠くからでも拝めるように、また尊敬の気持ちから、より高い台の上にお祀りするようになったのです。


キットの仕様・特徴

◆ 縮尺 1/40
◆ 材質は、ひのき材を使用。(一部基壇部、補強材などで別材質使用。)
◆ 相輪、鬼瓦に金属部品を使用

相輪は現存する最古の物で、
刻まれた24人の飛天が美しい。
軒をささえる複雑な構造は、薬師寺の金堂や西塔をはじめ、
平安の朱雀門など、当時の建築物を復元するうえで貴重な資料となった。


構造上は三重の塔だが、
各階に裳階と呼ばれる庇が付いているため、
見掛け上は六重に見える。
大型カラー説明書付き


◆ 前代未聞!?身開きA2用紙サイズの大型説明書で文字サイズも大きくし、カラーイラストをふんだんに使用。全42ページの組立説明書で、初心者の方でも簡単に組立が可能です。




◆ 制作参考時間:300時間 完成時寸法 全高:870mm 全幅:475mm
◆ 価格 ¥120,000+消費税
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